にゃほにゃほ読書ブログ

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なんか違う不倫報道

不倫は良いとは思わないし、当事者だったら、すごく怒ると思う。

でも、ここ数年の不倫報道、特に今年の報道は過剰な気がする。

非難するのは、奥さんとか、子供とか、家族だけで良いのだ。

 

不倫問題は、その字の通り「倫理観」が浮き彫りになる。

将来有望なアスリートの不倫が話題になっていて、選手生命を絶たれかねない状態だ。

また、良い音楽を作るグループの一人の不倫のせいで、その人抜きで活動になりそうである。

 

もったいない……

そんなの家庭内不和の問題である。

人類の多くが、めったになし得ない、素晴らしい音楽や、記録が出せそうなのに。

 

歴史上、後世に語り継がれそうな芸術を創ったり、素晴らしい選手だった人、もしかしたら、不倫してたかもしれない。でも、もし不倫で叩かれて、いなくなっていたりしたら、それは生まれなかった。

 

本当は、アンジャッシュの渡部さんだって、仕事まで奪われるべきではなかった。(明るみになる前に自粛したとのことだが、実質奪われたのと一緒である)もはや、すれ違いで噛み合う絶妙な会話のことを「アンジャッシュみたいになってる」というと、大体通じるぐらい、代名詞のようになっている。

また、唐田さんの出ていたMV「ハッピーエンド」は素晴らしかった。切なくて、バックナンバーの歌詞とも相まって見るたびに涙が出る。唐田さんじゃないとできないと思った。

 

不倫してしまったことが良いとは決して思わない。

でも、一般人か有名人かに関わらず、仕事やその功績とは切り離されるべきなのだ。

 

ちなみに、奥さん(または旦那さん)がかわいそうだから叩いてるんです、という人の偽善にはうんざりだ。そういう風にかわいそうと言うことが、一番奥さんを追い詰めるのである。

それとも、わかっててやってるんじゃないか?幸福そうに見えていた家庭の、奥さんばかりかわいそうかわいそうだと言いながら、ああ良かった、幸福そうに見えて実は不幸なのね、と思いながら安心している思考回路が垣間見える。そんなことしたって自分の生活が幸せになるわけじゃない。自分がどうすれば幸せになるか考えた方がよほど生産的である。

 

今後、不倫報道には、反応しない。反応するとしても、「そうなんだ、大変だね。」と言うだけでいい。家庭の数だけ、形があり、問題があるのだ。不倫されて、離婚するかどうかも、配偶者が決めればいいことだ。

 

ただ、そうなると、週刊文春を始めとした、週刊誌は読まれないことになる。きっと、こういう雑誌は、不倫報道で味をしめている。というか、そうでもしないと長らく続く出版不況に生き残れないのだ。国民のレベルに合わせて、話題のレベルも下げている。それはとても、悲しいことだ。

一番苦しいのは、したくもない不倫報道をしている、週刊誌を発行する出版社の方かもしれない。

どうか、本好きとして、どんな出版社にも生き残って欲しい。だから、お願いだから、国民の、人類のレベルに合わせるんじゃなくて、上げて欲しい。きっと、私なんかよりずっと頭の良い方がたくさんいらっしゃるんだと思うから、もっと、文化とか、文学とかに興味を持って、事象に対して、深い考察ができるように。それが、人類に対するミッションなんだと思う。